想い

女性専用完全ご予約制メガネサロン

michiko megane代表

大岩道子です。



目は、脳と深い関係にあります。
目から入った光は、脳に映像として届けられます。


メガネのレンズは、光が、どういうふうに脳へ届くのかを、変えることができます。


メガネを変えることは、脳の使い方を変えるということです。


身体は全てつながっています。


脳の使い方が変われば、
身体の使い方も変わるのです。


そして、表情が変わったり、
感じ方が変わったり、


身体は全てつながっているのです。






michiko meganeを始めたきっかけは、
イノチグラス(現在は取り扱っておりません)
との出会いでした。


灰谷 孝氏が考案されたイノチグラスは、
メガネで体幹を整え、呼吸や、感情が整う。
というものでした。


SNSでそのことを知った時、驚きました。

今までに感じていたメガネの可能性を、

眼鏡が専門ではなく、身体全体を専門にされておられる方が書かれたものだったからです。


全く面識のなかった灰谷氏へ
メガネ作りのことが知りたいとお願いをして、淡路島での作成を見させていただきました。その後研修を経て目育士(現在は契約切れ)となりました。


ほぼ同時期に、michiko meganeのための
融資のことや、必要な検眼機のことなど、
周りの方に相談しながら準備し、
4、5か月間とても濃い時間を過ごしました。


michiko meganeをはじめるまでは、
地域のメガネ店で12年間パートとして働いていました。


12年の間、主婦として、母として過ごしながら、色々な経験をさせていただき、私にとってとても大切な時間でした。


前半の7年ほどは、お客様にフレームやレンズをおすすめをする接客を担当していました。


ある時、お店でのイベントで知り合った
スタイリストさんから
自分のやりたいことや、学びたいことを
頑張っていいだよ。と教えてもらいました。


それまでの私は、
ただの主婦に何ができるのか?
ただのパートに何が?
という思いが、やりたいという思いのじゃまをしていました。


ちょうどその頃、
子育ても終盤に近づいていたこともあり、


これまでにやってみたいと思っていた
メガネフレームのフィッティングのセミナーへ、頑張っていいんだよ。と教えてもらった友人と通い始めました。


そして、お店でも接客だけではなく、
メガネフレームのフィッティング調整を
させていただけるようになりました。


フィッティングのセミナーへ通っているうちに、視力測定のことも知りたいと思うようになりました。


色々な勉強会へ参加し、お店でも教えていただき、お客様の眼を測らせていただきました。


初めて、測定、フィッティングという流れで
一組のメガネをお客様へお渡した時、


こんな丁寧に眼を見てもらって、
こんな丁寧にフレームを合わせてもらって、
あなたにしてもらって良かったわ。と、
喜んでいただきました。
その感動は忘れられません。


その後、基礎から学びたいと考え、
名古屋にある、キクチ眼鏡専門学校の通信教育課程にて、月に一度新幹線で通い、
両眼視機能や眼位について学びました。


50歳での入学でしたので、
同期で一番のお姉さんです。
素晴らしい仲間との出会い。そして楽しく2年間を過ごし、無事卒業し、
眼鏡士の資格をいただけるとのこと。
まだまだ、知りたいことがたくさんあるので次のオプトメタリストコースに入学しました。現在52歳。


ポジティブな性格なのか、
いつも、今が一番楽しい、今が一番幸せ。
と感じています。


そんな私ですが、


michiko megane
でメガネを作ることの想いは、
強いのです。


実は、31歳の時、大きな手術をしました。
子供たちはまだ小さかった。


その頃は、まだコンタクトをしていて、
なぜか左目のコンタクトだけが、すぐにズレてしまって、目の奥にスルッと入ってしまう。慌てて真ん中に引っ張り出してすぐに取り外す。怖くなってメガネに変えましたが、
何で??


そうこうしている間に、顎に痺れが出てきます。
実家でこんなことあってね、
と話していると。
父が、それは脳や!
すぐに脳外科へ行って来なさい。と。


医師である父に言われたので、
すぐに脳外科へ行きました。


MRIの診断ですぐに脳腫瘍とわかりました。


良性の腫瘍だが大きくなってきている。
色々な神経が近くにあって(10何種類か)
すでに触っているところもある。


あ、それで、
コンタクトや、顎の痺れか。


なので、このまま腫瘍を置いておくのは
命にも関わるとの診断。


とくに恐怖のようなものは感じませんでしたが、ただただ、子供たちが心配でした。


もし、手術をして、神経をキズつけ、
顔面が変わってしまったら。
子供たちがどう思うだろうか?


それだけは避けたかった。


主治医の先生に、
神経をキズつけるようなら、
腫瘍を取りきれなくてもいいです。と
お願いしました。
その時代は、神経を多少キズつけても取り切るというのが主流だと聞きました。


ですので、顔はもとのまま美人です。笑笑
ただ、顔の左半分は、知覚がありません。
なので、20年経った今も触れてもわかりません。


口の中は常に歯医者さんの麻酔が効いたような状態。食事中、娘にママ垂れてるよ!と言われることも。


目は、例えば、ガラスが入ったとしても感じないのでくれぐれも気をつけてください。と言われました。


そして、左耳は99パーセント聞こえなくなります。と。
現在、素晴らしい補聴器と出会い快適に過ごしています。


主治医の先生や、
家族、周りの人に助けられて、
順調に回復し、元気に子育てをし、


手術から3年経った頃、
どうにも、こうにも身体がしんどくて、
足の先から頭の先まで、全身がしんどくて、
毎日微熱が出るようになる。


脳外科へ行って、聞いてみても、
脳で熱は出ない。と言われた。
内科へ行っても疲れでは?と。


ある時、血液検査で、甲状腺機能がかなり活発になりすぎるバセドウ病と診断される。
その後、その正反対の甲状腺機能が低下する橋本病にもなった。


どちらも薬が合わなくて、重い副作用で危ないところまで行った。


なんとか、体に合うサプリメントの出会いや、食生活で乗り切って、元気になれた。


この辺りから、


つくづく、
身体はつながっているんだから
という思いが強くなって行きました。

 
元気になって、そろそろ仕事したいなぁと思いました。


近くのショッピングモールで、
パン屋さんと、メガネ屋さんとどっちにしようかな?と迷って、
パン屋さんは、朝早そうだし、
いつもメガネを買って、スタッフさんも顔見知りだし、と、メガネ屋さんに決めました。


それが、今のmichiko meganeに
結びつくなんて、その頃は夢にも思っていません。


そして、今、
身体は全てがつながっている。


という想いを、伝えたくて
メガネを作っています。


メガネで身体の使い方がかわり、
何か素敵なことに気付いたり、


幸せを感じたり


そんなお手伝いができたら私も幸せです。


出会いを大切に、


お一人、お一人と寄り添って、


あなたの見たい世界をご一緒に探しながら


ゆったりとした空間で、
あなたの、心と身体がもとめる、

そんな、
メガネをお作りします。